Last Updated on 2023年1月31日 by 村上志歩美
みなさんは『ケミカルコーピング』という言葉を聞いたことがありますか?
あまり聞きなじみのない用語ですよね。
私も緩和ケア認定看護師になったばかりの頃は聞いたこともありませんでした。
数年前の緩和医療学会で『ケミカルコーピング』は多くの緩和ケア認定看護師の注目を集めました。
ケミカルコーピングなんて聞いたことなかったからびっくりしたけど、レスキューの使い方はかなり慎重に経過を追わないといけないね!
私が勤めていた職場でも、ケミカルコーピングが話題になりました。
これまで、「痛みがある場合は我慢せず、積極的にレスキューを使用すること」と病棟看護師に指導をしてきましたが、ケミカルコーピングを疑う場合、早急に対処が必要だと知りました。
以前、麻薬性鎮痛薬に関して、医師の処方のとおり適切に使用すればモルヒネは安全に使用できる薬剤だとお伝えしました。
モルヒネなど麻薬性鎮痛薬は「痛みがあるときに使用する場合、安全なお薬」であって、痛くないのに乱用してはいけません。
「ケミカルコーピングってなんだろう?」
「麻薬は結局依存してしまうの?」
麻薬と依存について、もう少し深掘りして勉強したい方のために、今回は『ケミカルコーピング』についてお話しします。
ケミカルコーピングとは?
まず、ケミカルは薬物、コーピングは対処法という意味ですよね。
薬物で対処するなら問題ないのでは?
痛みがある場合に薬物で対処するのであれば、問題にはなりません!
Bruera らは「苦悩する終末期のがん患者にみられる薬の使用による不適切なストレスの対処法」としています。
適切な対処法ではなく、不適切な対処法であるためケミカルコーピングが問題となったわけです。
混乱しますよね。
ケミカルコーピングとは「鎮痛以外の心理的利益のため、つまり気分高揚や不安軽減、鎮静を得るために不適切に薬物を得ること」です。
痛みを和らげるためでなく、心理的、精神的な問題を解決しようと目的を誤って麻薬性鎮痛薬を使用した場合が危険だということです。
痛みがないのに麻薬性鎮痛薬を使用すると依存症になる可能性があります!
オピオイドと依存症の関係
まず押さえておきたいのは、麻薬性鎮痛薬はオピオイド受容体に作用して効果を発揮するということです。
代表的なオピオイド受容体は、μ(ミュー)受容体、δ(デルタ)受容体、κ(カッパ)受容体ですね。
麻薬性鎮痛薬は主にμ受容体に作用しますし、鎮痛効果や精神・身体的依存に関与することがわかっています。
なぜ痛みがある場合は、依存症にならないのに、痛みがない場合は依存症の心配があるのでしょう?
薬物依存症というと覚醒剤や大麻、危険ドラッグなどが思い浮かぶ方が多いと思います。
覚醒剤や大麻などの依存性薬物は、ドパミンが放出され多幸感を感じることから始まります。
覚醒剤などの依存性薬物を繰り返し使用することで、「さらに快感を得たい」と追い求めてしまって、結局は薬物の使用をやめられなくなる状態ですね。
繰り返しますが、痛みがある場合はオピオイドを適切に使用していれば依存症にはなりません。
痛みがある場合は、オピオイド受容体の1つκ(カッパ)受容体が亢進しています。
そして、κ受容体が亢進しているときは、ドパミンの放出を抑制すると考えられています。
痛みがある(κ受容体が亢進している)ときに多幸感・快楽(ドパミンを放出)を感じている人はいませんよね。
頭がこんがらがってしまいそうなので「痛みがあるときはドパミンが出にくい」と思っておけばいいです!
精神依存は過剰にドパミンが放出されたときに起こります。
痛みがあるときはそもそもドパミンの放出が抑制されているため、ドパミンが過剰にならない=精神依存は起こらないと考えるとわかりやすいですよね。
日本緩和医療学会にわかりやすいイラストがあったため掲載しておきます(図1)。
痛みがないのに麻薬性鎮痛薬を使用すると、身体・精神的依存が生じます。
がん患者さんは、定期的に麻薬性鎮痛薬を使用しているのと他にレスキューと呼ばれる即効性のある麻薬性鎮痛薬を処方されている場合が多いでしょう。
レスキューの予防投与という使い方もあります。
放射線治療で安静に寝ているときに腰の痛みが強く出るから「放射線照射30分前にレスキューを飲んで治療を受けよう」というのは、立派なコーピング(対処法)と言えます。
もしかすると医療者は「○○分空けたら1日に何回飲んでもいいので、我慢しないで飲んで下さいね」と説明しているかもしれませんね。
麻薬性鎮痛薬は「痛みがあるときに使用する」という点を守れば問題ないのですが、心理的利益のために繰り返しレスキューを使用することが問題となります。
レスキューを飲んだ方がよく眠れるから飲んでおこうかな。
「眠るため」や「気持ちが落ち着くから」といった理由で麻薬性鎮痛薬を使用する患者さんには注意が必要です!
何度もお伝えしますが、痛みがある場合には麻薬性鎮痛薬は安心して使用できる薬剤です。
ケミカルコーピングを疑ったら?
ケミカルコーピングは、「鎮痛以外の心理的利益のための不適切なストレス対処法」でしたよね。
痛みがないのに麻薬性鎮痛薬を使用することで依存症になってしまう恐れがあるのですから、患者さんに正しく理解してもらうことが大切です。
麻薬性鎮痛薬の即効型のお薬(レスキュー)を予防的に痛みが出る前に使用するケースがあることもお伝えしましたが、この予防投与とケミカルコーピングの判断って難しいと思いませんか?
例えば、患者さんが「家事をするときに痛みが出るから、動き出す前にレスキューを飲もう」と行動すれば、患者自身がの痛みの増強因子を理解して、適切に対処していると考えられます。
ですが、「痛くなりそうな気がするから念のためにレスキューを飲んでおく」と患者さんに言われた場合、それは適切なレスキューの使用方法なのでしょうか。
この点は、緩和ケアチームでもかなり考えました。
判断がとても難しいんですよね。
ケミカルコーピングであった場合、レスキューがないと生きていけないような不安に駆られるでしょうし、離脱症状が現れることだってあり得ます。
ケミカルコーピングで麻薬性鎮痛薬に依存してしまったら、最悪の場合、社会生活を送ることも難しくなることも考えられますよね。
レスキューを使用する頻度、状況、理由、効果、副作用など患者さんの様子をアセスメントしなければなりません。特に悪い知らせのあとにレスキューの使用回数が増えていたら、ひょっとすると痛みが原因ではなく、心理的な問題が根底にあるかもしれません。
純粋にがんの痛みが強くなってレスキューの使用回数が増えている場合もあります。
痛みが強い場合は、レスキューの使用量を考慮して、ベースアップ(定期的に内服する麻薬性鎮痛薬を増量)する必要があります。増量後にレスキューの使用回数が減れば、ベースが足りていなかったと判断できます。
痛み止めを増やしてもレスキューが使用回数が増えたまま変わらない場合、ケミカルコーピングの可能性も考えられます。
麻薬性鎮痛薬の耐性がついたことが原因であれば、オピオイドスイッチング(モルヒネからフェンタニルなどに薬剤を変更)した方がいい場合もあります。
がん患者さんの疼痛コントロールをする上では、まず患者さんの訴えを聞くことから始めますよね。
がん性疼痛(体性痛・内臓痛・神経障害性疼痛)の治療を緩和ケア認定看護師が教えます! | しぽさんぽ (shiposanpo.com)
痛みは、実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た感覚かつ情動の不快な体験と定義されています(※痛みの定義は41年ぶりに改訂されました)
(日本疼痛学会 2020.7.25)
痛みは感じている本人にしかわかりませんので、患者さんが痛いと言えば痛みがあると評価します。
ですが、痛いのは身体だけなのか、もしかしたら精神的な痛みやスピリチュアルペインが原因でレスキューの使用量が増えていないか、慎重に評価しましょう。
以前、不安の訴えが強い患者さんがレスキューを希望されたときのエピソードをご紹介しておきます。
痛みで切迫した様子はなかったので、痛みの部位や程度、きっかけがあって痛み出したのか丁寧に確認していると、
ナースコールを押したら看護師さんが来てくれるから・・・。さみしい。さみしくてつらい。でもレスキューを飲んだら少しだけ眠れる。やることもないからレスキューを飲んで寝る。
はじめは痛みを訴えていた患者さんでしたが、話を聞いていると寂しさを口にされました。
しばらくそばで話を聞いていると「痛みは今はいい。話していると痛くなくなったからレスキューもいらない。たまにこうやって俺の話を聞きに来てほしい」と言われました。
独りぼっちで寂しい思いをされている患者さんに、おそらくそれまで看護師はレスキューを渡してすぐ退室していたのでしょう。
痛み止めを希望されたときに速やかに対応することももちろん大切です。
話している余裕もないほど痛い方がいるのは事実です。
ですが、薬を配るだけなら誰にでもできることですよね。
そこに看護師としての専門的な知識と経験が伴っていないと「求められるがままレスキューを渡し、ケミカルコーピングから依存症に陥る」最悪の状況になる可能性もあるのです。
アセスメントなくして与薬なし!ですよね。
ケミカルコーピングを見逃さない!
私たち看護師は、患者さんに薬の説明をしたり与薬したりします。
がん性疼痛と付き合っていく上で、患者さんには適切にレスキューを使用して、痛みをコントロールしている実感を持って過ごしていただきたいですね。
ですから私たち看護師は、患者さんが感じている身体の痛みだけでなく心の痛みにも目を向けなくてはなりません。
忙しさにかまけて患者さんとのコミュニケーションが雑になっていませんか?
患者さんの痛みをしっかりとアセスメントできていますか?
できることからコツコツとでかまいません!
患者さんの痛みをアセスメントするためには、情報を集めることが大前提です。
患者さんに関心を寄せて、心を配り、目を向け、耳を傾けてしっかりとお話ししてみて下さい。
もしかすると寂しさからケミカルコーピングに陥ってしまっている患者さんが近くにいるかもしれませんよ。
麻薬性鎮痛薬は安全に使用できる薬剤です。
安全に使えるように適切な使用方法を伝えていきましょう!
コメント