Last Updated on 2023年1月18日 by 村上志歩美
がん看護に興味がある看護師さんなら、いや、看護師を志す人なら【トータルペイン】という言葉は、絶対に一度は耳にしたことがありますよね。
がんの痛みには4つあると言われていますよね。
身体的苦痛、社会的苦痛、精神的苦痛、そしてスピリチュアルペイン(霊的苦痛)
それぞれ複雑に絡み合って存在するので、アセスメントが難しいです。
トータルペインで1番わかりやすいのが身体的苦痛だと思います。体が痛かったり、きつかったりってことでしょ?と簡単に想像できますよね。
トータルペインのなかでもスピリチュアルペインという言葉は、日常生活で馴染みがないためわかりづらいところがありますよね。
看護学生の頃の私は『スピリチュアルペイン=霊的苦痛ね。ふんふん、宗教とかそういうのね』とヘンテコな解釈をして満足していました。
精神的苦痛とどう違うの?という疑問にはそっと蓋をして考えないようにしました。
そのまま看護師になっても、スピリチュアルペインなんて誰も教えてくれませんでしたし、ましてや看護記録で『スピリチュアルペイン』という文字を見たことさえありません!
おそらくですが、先輩看護師もスピリチュアルペインと精神的苦痛の違いなんて説明できなかったんだと思います。私と一緒で。
スピリチュアルペインと精神的苦痛は、似て非なるものですが、極めて似ているし、複雑に絡み合っているから完全に分けて考えることはできないと個人的には思っています。
「精神的苦痛とは別物だよ!そんなことも知らないの?」とはなりません。
ですが、トータルペインが4つに分類されている限り、やはり知っておきたいという人もいますよね。そんなコアな緩和ケアオタクに向けてご説明しますね。
精神的苦痛とは?
精神的苦痛とは、不安や怒り、孤独感などの精神的な苦痛のことです。
がんの患者さんは、病気の疑いを知らされてから終末期を迎えるまでに様々な体験をされます。
患者さんのこれまでの人生経験によっても感じ方は違うため、「この時期の患者さんはこう感じているからこんなケアが適切だ」なんて一概に言えませんよね。
バッドニュースを伝えられるタイミングや同席している家族がいるかどうかによっても感じ方って違ってきます。
がんの告知の場面でよく聞く表現が「頭が真っ白になった」という言葉がありますが、告知を受けてから適応するまでに、①衝撃の段階(2~3日)②不安定段階(1~2週間)③適応段階(2週間以降)という段階を踏むことが一般的だと言われています。
がん患者さんが感じる精神的苦痛でわかりやすいものをいくつがご紹介しておきます。
がんって聞いただけで怖い(恐怖)
治療が受けられるだろうか?(不安)
どうしてがんになったのか?(怒り・抑うつ)
自分ががんになるはずなんてない(否認)
患者さんの感じ方は、これまでの経験や病気への考え方などによって人それぞれです。ですが、病気がわかったり、進行したり、積極的な治療を差し控えなくてはならなくなった場合、どのときでも傷つかない人はいないと思います。
必ず精神的苦痛と共にあると思って患者さんを見守っていただきたい。そして、看護ケアでだけでは対応できないと感じたら、やはり精神科に相談するのが1番です。
できることなら、看護の力で何とかしたいところですが、限界というものがありますから。
かといって、精神科に丸投げはしないようにしましょうね。
ちなみに告知から1~2週間は気持ちが揺れ動きやすい期間ですからしっかりと患者さんの様子を見守らなければなりません。外来患者さんの場合は、その旨をご家族とも共有しておきたいですね。
2週間以上経過しても適応できない場合、精神疾患(適応障害やうつ病)になっている可能性も考えられるので、この2週間という期間は絶対に押さえておいてください!
スピリチュアルペインとは?
スピリチュアルペイン(霊的苦痛)とは、死が差し迫ったときや死を意識したときに感じる、自己の存在に価値を見いだせない苦痛のことです。
少しわかりづらいですよね。
生きることや人生の意味、死に対する恐怖などとよく説明されますが、それでも少し難しい気がしますね。スケールが大きい話ですもんね、生きる意味と言われましても。
そもそも「スピリチュアルってなんですか?」って思いませんか?
\スピリチュアルとは/
人間として生きることに関連した経験的一側面であり、人間の“生”の全体を構成する一因としてみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念に関わっていることが多い。
特に人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認などと関連していることが多い・・・
難しいですね(^◇^;)
スピリチュアルペインを学ぶなら
村田理論さえ押さえておけばOK!
スピリチュアルペインの勉強をしたいと言う方は、とにかく村田理論がわかりやすいのでオススメです!
むしろ私は村田理論だけでアセスメントしていると言っても過言ではない・・・
がん患者さんが抱えるスピリチュアルペインをいくつかご紹介します。
もう死ぬのを待つだけだ(時間性の喪失)
自分1人取り残されたようだ(関係性の喪失)
人に迷惑をかけて生きたくない(自律性の喪失)
がん患者さんは、死を見据えて心残りや死の不安だけでなく、家族の心配、自分らしさを失うつらさを体験する方がほとんどです。
今まで当たり前のように自分でできていたことが、あるときから難しくなってしまうのですから、つらくないわけがありませんよね。
患者さんにスピリチュアルペインがあるかないか、何に恐怖を感じているのか、しっかりとアセスメントできるようになりたいとは思いませんか?
実は、スピリチュアルペインのアセスメントができる看護師さんは多くないと思います。
私は、トータルペインの中でも1番の苦手分野でありつつ、1番関心があるのがこのスピリチュアルペインです。
ですが、このスピリチュアルペインは臨床ではどこにでも転がっているので、看護師がスピリチュアルケアができるかどうかによって、患者さんの過ごしやすさは絶対に変わります!
村田理論を学ぼう
村田久行先生が「終末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア-アセスメントとケアのための概念的枠組みの構築」の中で、スピリチュアルペインを時間存在、関係存在、自律存在の3つの次元(3つの柱)で捉えて分類して説明されています。
人間を時間性、関係性、自律性により支えられる存在として捉えるのですが、これらが揺らいだ場合、どのような苦悩を感じるのかというと・・・
時間性の喪失:心残りや希望のなさ、死の不安、身辺整理に関する気がかりなど。
関係性の喪失:家族の心配、孤独感、申し訳なさ、信仰に関する苦悩など。
自律性の喪失:自分のことができないつらさ、役割や楽しみの喪失、自分らしさの喪失、ボディイメージの変化など。
私は学生の頃、「スピリチュアルペイン=宗教の問題(信仰に関する苦悩)」と偏った知識でアセスメントしてきました。沢山のスピリチュアルペインがあり、時間、関係、自律の3つの次元で分類されていることは理解できていませんでした。
では、時間存在、関係存在、自律存在という
3つの分類ごとに深掘りしてみたいと思います。
①時間存在のスピリチュアルペイン
ハイデガーは「過去と将来に支えられて現在が成立する」と述べています。
非常にわかりやすいですよね。
健康に暮らしている人間は、当然のように将来があると思う人がほとんどです。
「ボーナスが出たら車を買い換えようかな」とか「子どもが成人するときは自分は50歳すぎているな」とか「旦那さんの定年退職したら、家族旅行したいな」とか、そういう将来が当たり前に来るだろうとほとんど疑わず、将来に希望を持って生きています。
ですが、がんの患者さんは、「生の終わりを突きつけられた」ような感覚を持っていたりします。
死を意識してしまうということです。
いずれやってくる死を自覚するということは、これまで当然だと思っていた将来から突然切り離されてしまうわけです。時間に限りがあることをいつもどこかに感じながら生きているんです。
もう何もすることがない。何の希望もない。
このまま死ぬのをじっと待つだけだ。
こんなことなら早く楽にしてほしい。
がん看護をしていれば、一度は患者さんのこんな言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
これを「患者は悲観的になっている」と評価するだけでいいのでしょうか?
ちなみに、この「早く楽にしてほしい」という言葉を、単純に「早く死にたい」と捉えてはいけません。
死が身近に迫ったため、自分に時間がないという絶望の中にいて、死にたいのではなく、「生きていることがつらい」という気持ちだと捉えてください。その気持ちに寄り添い、そのスピリチュアルペインにどう対応するか。看護師さんの腕の見せ所ですよね。
私たち人間は、過去の経験や将来の可能性に支えられて今現在存在できているのですが、将来の可能性を失うことで現在の存在が揺らいでつらさが生じてしまいます。これが、時間存在のスピリチュアルペインの正体です。
私たちだって、ある日突然「経営難だから今月から減給します。ボーナスも退職金も払えません」なんて言われたら、「えー!ボーナス払いで新車契約したのにどうしよう」とか「退職金なしなんて…旅行どころか老後2000万問題どうなるの」とか先の楽しみが一切吹っ飛んでしまうでしょう。
これはこれで絶望ですよ。この先何を楽しみに仕事を頑張ればいいの?って。
働くモチベーションが保てませんよね。
がんと言われることに比べたらちっぽけなことかもしれませんが、突然楽しみな未来が絶たれるのが決定するというのは、かなりのストレスになります。
がんの患者さんは、働くモチベーションじゃなくて、生きるモチベーションを失ってしまいやすいんです。そこは絶対に知っておいてほしいです。
②関係存在のスピリチュアルペイン
私たち人間は、1人で生きていくことはできません。必ず他の誰かとの関わりの中で自分が存在しています。
人と人との関わり合いの中に、自分という存在の意味を見出すものです。
それが、がんという病気で死を意識したとき、そんな誰かとの関わりにいつか終わりが来てしまうと悟るのです。
生きている人間だれだって絶対に死は避けられませんが、病気一つせず生活している人に比べると、がん患者さんは圧倒的に死を意識する時間が多いですよね。
死は自分自身と他者との関係を断ち切ってしまうものなので、他者との関係の中で生きている私たち人間にとってはとても脅威になります。
こうやって、死の接近によって他者との関係を失うことによって生じるのが関係存在のスピリチュアルペインです。
死ぬときは1人だ。孤独だ。
家族と別れないといけないのがつらい。
自分1人が取り残されたような気持ちになる。
自分が死んでもみんなの世界は続くのが寂しい。
孤独感を訴えられる患者さんも当然います。寂しくてたまらないでしょう。怖くてたまらないでしょう。
今まで共に生きてきた人、世界、自分自身の肉体とだって別れなければならないのですから。
自分の存在の意味を亡くしてしまったような空虚感があってもおかしくありません。
家族と一緒にいても孤独なんですよ。永遠じゃないことを知っているから。
③自律存在のスピリチュアルペイン
自律存在である人間の存在と意味は、生き方を自己決定できる自由に核心があると言われています。
人間は、自分のことは自分で行ったりコントロールして自立し、役に立つ(生産的である)ことに重要な価値があると考えています。
今まで当たり前に自分でできていたことができなくなり、他者に依存してしまうことや、役に立てなくなった自分に価値や意味を見いだせなくなるつらさを自律存在のスピリチュアルペインといいます。
今まで全部自分でやってきたのに、人の世話になりたくない。
家族に迷惑をかけてまで生きていたくない。
こんなに人の世話になるなんて、もう生きている価値がない。
私は自律存在のスピリチュアルペインをよく聞いてきました。
高齢の患者さんは特に、「人に迷惑をかけたくない」という気持ちを持っている方が多いように感じています。
だから、ふらつく足取りでもトイレまで歩きたいんですよね。
自分で当たり前にできていたことが、あるときから少しずつ難しくなりますし、急激にできなくなることだってあります。
がん患者さんは、こういう「少しずつできなくなる」というつらい体験を繰り返しながら、新しい自分と出会っていくんです。
赤ちゃんから大人まで成長する過程では、少しずつできることが増えていって、伸びしろがいっぱいで希望に満ちあふれていますよね。
その反対で、できていたことができなくなるという体験は、とてもつらいことだというのがわかります。
そのつらさを体験している人の心に、どうか気づける看護師さんが沢山いてほしいと思います。
臨床ではスピリチュアルペインはあちこちで聞かれるのですが、実際にそれを拾い上げることができる看護師さんは少ないと思います。
本当に「スピリチュアルペインがない」と判断していいのでしょうか?もしかしたら「スピリチュアルペインに気づけなかった」だけかもしれませんよ。
臨床で聞く患者さんの言葉を、3つの柱で分類しておきますのでご参考までにご覧ください。
まとめ
いかがでしたか?
がん看護に携わっている看護師さんなら、トータルペインをアセスメントすることが日々の看護の中で必ず求められますよね。
なかでもスピリチュアルペインは捉えにくい苦痛であり、見逃されることが多いと思います。
村田理論を押さえておくと、人間は時間性、関係性、自律性の3つの存在によって支えられていることがわかりますし、このどれかや複数が揺らいでしまうがために苦悩を感じる生き物だというのがわかります。
それぞれの苦悩に応じてスピリチュアルケアも変わってきますし、そもそもスピリチュアルケアは投薬ではなく医療者との面談などが主に求められます。
まずは、患者さんの苦悩がどこから生じているのかを明確にすることが、スピリチュアルケアの基本となりますので、今回の内容が参考になりましたら幸いです。
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